結論:名鉄三河線の三河知立駅は、2024年に約900メートル移設開業しました。1915年開業の知立市最古の駅が、知立駅の高架化事業に伴って新天地でのスタートを切りました。
知立駅の高架化事業を別記事で紹介しましたが、その関連で大きな出来事がありました。三河知立駅の移設です。
知立市で最も古い歴史を持つ駅が、約900メートル離れた場所へ引っ越した。地元にとっては感慨深い出来事でした。今回は、この三河知立駅の移設について、西三河目線で振り返ります。
三河知立駅とは何か
まず、三河知立駅をおさらいします。
三河知立駅は、名鉄三河線の駅で、知立市にあります。三河線で知立駅から豊田市方面へ向かう、最初の駅です。
この駅、実は知立市で最も古い歴史を持つ駅なのです。1915年(大正4年)、旧・三河鉄道(現在の名鉄三河線の前身)が刈谷から知立まで開通した際、初代・知立駅として開業しました。知立町(当時)で最も早くに開業した鉄道駅でした。
その後、1923年に旧・愛知電気鉄道(現在の名鉄名古屋本線の前身)が新知立駅を開設すると、知立駅は2つの鉄道路線の結節点として大変賑わうようになりました。三河知立駅は、知立の鉄道史の出発点だったわけです。
なぜ移設されたのか
三河知立駅が移設された理由は、知立駅の高架化事業です。
別記事で詳しく書いた通り、知立駅周辺では大規模な連続立体交差事業が進んでいます。この事業に伴い、約600メートル西にある知立駅周辺の高架化に対応するため、三河知立駅の移設が決まりました。
2024年3月16日の始発列車から、三河知立駅は豊田市方面へ約900メートル移設され、新しい駅舎での営業を開始しました。109年間にわたる現在地での営業は終了しましたが、駅名は残り、新天地で新たな歴史をスタートさせたのです。
旧駅舎との別れ
移設にあたっては、地元で別れを惜しむ動きがありました。
旧駅舎の営業最終日となった2024年3月15日深夜には、最後の姿を見守ろうと、地元住民や鉄道ファンが集まりました。慣れ親しんだ駅舎との別れを惜しんだそうです。
旧駅舎は1915年の建築で、無人駅でした。1日当たりの利用者数は806人(2023年3月時点)。決して大きな駅ではありませんでしたが、109年の歴史を持つ駅の引退は、地元にとって大きな出来事でした。
知立市では、駅と地域のこれまでのつながりを振り返る記念イベントも開催されました。「三河知立ありがとうトレイン」の運行、市内小学生の絵画作品の列車内掲出、鉄道の歴史を紹介するパネル展など、地域を挙げて駅の歴史を振り返ったのです。
新しい三河知立駅
移設後の三河知立駅は、知立市山町茶碓山に位置しています。
新駅舎の開業に合わせて、知立市では駅利用者のためのアクセス道路なども整備しました。自動車での送迎は駅北側の駅前広場を利用する形になっています。
興味深いのが、ガバメントクラウドファンディングを活用した取り組みです。「つながる高架プロジェクト」として、2023年に寄付を募集し、延べ167人から約897万円の寄付が集まりました。寄付者のメッセージが印字された165個の舗装ブロックが、駅前広場に設置されたそうです。
地域住民が参加して作り上げた駅前広場。これは、新しい三河知立駅が地域に愛される駅としてスタートする、象徴的な取り組みでした。
駅の移設が示す「街の記憶」の大切さ
三河知立駅の移設は、単なる駅の引っ越し以上の意味を持っていました。
109年という長い歴史を持つ駅が移設される。それは、地域の記憶が刻まれた場所が変わるということです。だからこそ、地元では記念イベントやクラウドファンディングを通じて、駅の歴史を振り返り、新しい駅への愛着を育む取り組みが行われました。
別記事で「大型店舗跡地は街の記憶」と書きましたが、駅もまた街の記憶を刻む場所です。三河知立駅の移設は、インフラの変化と地域の記憶をどう両立させるか、その一つのモデルケースと言えるかもしれません。
知立駅高架化との関係
三河知立駅の移設は、知立駅高架化事業の一環です。
知立駅では、名古屋本線と三河線を高架化する大規模な連続立体交差事業が進んでいます。三河知立駅は三河線の駅であり、知立駅の高架化に伴って配線を整理する必要があったため、移設が決まりました。
知立駅の高架化は2031年度完成予定。三河知立駅の移設は、その壮大なプロジェクトの中で、すでに完了した一つのステップです。今後、知立駅本体の高架化が進むにつれて、三河線の利便性もさらに向上していくと見られます。
まとめ:三河知立駅は109年の歴史を経て新たな出発
- 三河知立駅は1915年開業の知立市最古の駅
- 知立駅の高架化事業に伴い、2024年3月に約900メートル移設開業
- 旧駅舎は109年の歴史に幕、地元住民・鉄道ファンが別れを惜しんだ
- 記念イベント、クラウドファンディングで地域を挙げて移設をサポート
- 寄付者のメッセージ入り舗装ブロックを駅前広場に設置
- 知立駅高架化事業の中で、すでに完了した一つのステップ
三河知立駅の移設は、知立の鉄道史の出発点だった駅が、新たな歴史を刻み始めた出来事でした。インフラの変化と地域の記憶をどう両立させるか、その一つのモデルを示したとも言えます。
このブログでは、西三河の鉄道の動きを、継続的にウォッチしていきます。知立駅の高架化の記事も、合わせてご覧ください。
よくある質問
Q. 三河知立駅はどこに移設されましたか? A. 旧駅から豊田市方面へ約900メートル、知立市山町茶碓山に移設されました。
Q. 旧駅舎は今どうなっていますか? A. 知立駅高架化事業に伴い、旧駅舎は役目を終えました。跡地は事業の一環で活用される見込みです。
Q. 三河知立駅の利用者数はどれくらいですか? A. 移設前の2023年3月時点で1日当たり806人でした。無人駅として運営されています。
